住職就任のご挨拶


平成十五年(二〇〇三)一月十八日に当山第二十七世佛山宗道大和尚が遷化され、同二月一日付をもって曹洞宗管長より辞令を受け、第二十八世住職に就任いたしました。
昭和五十八年七月に副住職に就任するにあたり、すでに檀徒総代会で後任住職としての了承を頂いておりましたので、住職遷化にともない自動的に副住職が住職となった次第です。

とはいえ、私といたしましては、自らの所信を述べ、その上で檀信徒の皆様の信任を得て住職になるという形式をとりたいと以前より考えておりました。
本来、寺院は住職(個人)の所有するものではなく、世襲すべきものでもなく、住職もまた寺院を支える者の一人であり、檀信徒の皆様すべてによってよりよいかたちで護持していかなければならないものであると思うからです。
信任を得るという形式はとれませんでしたが、ここに以下、私の思うところを申し上げてご挨拶とさせて頂きます。
 

角田泰隆住職のお話
2012/11/05

道元禅師と輪廻転生

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はじめに

道元禅師と言えば、一般的に、宋代の中国に渡って純禅を日本に伝え、実践を重視し、とりわけ坐禅の修行を第一とした厳格な仏者として知られている。その坐禅は、只管打坐であり、悟りを得るための坐禅ではなく、坐禅の修行の中に悟りが円満に現れているとするものであることも知られていよう。

このようなイメージは、往々に、道元禅師においては、現世の、〝いま〟〝ここ〟という「而今(にこん)」の弁道修行のみが問題とされ、前世や来世には何の関心も示されていなかったかのように受け取られているかもしれないが、実はそうではない。

確かに、過去や未来は観念の産物であり、現実的には「而今」しかないともいえる。そして道元禅師が、その「而今」を重んじられていることは間違いないだろう。しかし、かといって、その「而今」は、過去や未来と断絶した「而今」ではなく、ひいては前世や来世を否定する「而今」ではない。そこには生生世世という「遥かなる仏道」があった。その「遥かなる仏道」の中で「而今」はとらえられているのである。
16:00 | 道元禅師
2012/10/25

曹洞宗の未来への提言……我々は何をすべきなのか?

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僧侶のあるべき姿とは何か? 寺院はどうあるべきか? 曹洞宗は何をすべきなのか?

次世代を確実に背負ってゆく曹青僧侶は、常にこのことを問いかけなければならない。

未来への提言、それは「慕古」にある。

かつて江戸時代、宗統復古運動や古規復古運動が行われた。それは革新運動であり、且つ復古運動であった。つまり従前の「伝統」を、「復古」で打ち破ったのである。

僧侶のあるべき姿とは何か? 寺院はどうあるべきか? 曹洞宗は何をすべきなのか? 次世代を確実に背負ってゆく我々は、常にこのことを問いかけなければならないと私は思う。
16:00 | 曹洞宗
2012/10/15

「空」……人生は夢

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人生は所詮、夢のようなもの

禅僧はよく「夢」という一字を揮毫する。「夢を持て」という意味ではない。「人生は、所詮、夢のようなもの」という受け捉えであり、仏教で説く「空」ということの、禅僧ならではの表現でもある。

仏教が説く「空」とは、なかなか定義が難しいが、私は「すべての物事には実体がない」ことをいうのであると考えている。

すべての物事は、因縁和合によって生起している現象であり、ある時、ある場所で、ある条件のもとに象(かたち)を現しているものである。つまり、原因と条件が複雑に絡み合って存在しているのであり、ほかのものと全く関わらずに、それ自体でいつまでも変わらずに存在し続けるものではない。「実体がない」というのはそういう意味である。

そういう意味で、私たちが生きているこの世界は「空」なる世界であり、私たち自身も「空」なる存在であり、全てが「空」なるものである。
16:00 | 仏教
2012/09/21

お先にどうぞ!

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お彼岸の由来

仏教では、一般的に、私たちの迷いの世界を川のこちら岸(此岸)に例え、理想的な仏の世界をあちら岸(彼岸)に例え、この川を渡ることが修行であるとし、修行に精進して、こちらの岸からあちらの岸に到達することを目指しました。

いわゆる「お彼岸」は、昼と夜の長さが同じになる春分・秋分の日を中日に、前後三日を合わせた一週間を、修行の最適な時期として設けられたものです。そして、修行して「さとり」を開くこと、それが彼岸に到ることとされました。

悟りを開くということ

ところが、道元禅師は、「さとり」ということについて、「菩提心をおこすといふは、おのれいまだわたらざるさきに、一切衆生をわたさんと発願し、いとなむなり」(『正法眼蔵』「発菩提心」)と説かれ、菩提心(さとりの心)を発こすというのは、自分がさとりの岸(彼岸)へ渡る前に、他の一切の人たちをさとりの岸に渡そうという願いをおこし、実践するのであると示されました。この心を「自未得度先度他」の心と言います。これが「さとりの心」であり、この心を持ち、それを実践することが大切であると教えられているのです。
16:00 | 行事
2012/09/01

道元禅師の坐禅

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真の坐禅との出会い

道元禅師は十三歳の時、純粋な求道心にもえて出家し、比叡山にて仏教を学ばれた。当代一流の高僧に参じて修行されたが飽きたらず、ついに二十四歳にして中国に渡り、名声高き諸禅師に参学される。

しかし、それでも道元禅師は満足を得ることができなかった。やるせない思いのままに帰国を考えられていたとき、たまたま如浄禅師に相見する。それはまさに「坐禅」との出会いでもあった。

もちろん、道元禅師とて修行法の一つとしての坐禅は知っていた。しかし道元禅師の知る坐禅は、悟りを得ることを目的とした修行であり、多々ある修行の内の、その一つの方法であった。しかし、如浄禅師の坐禅は違っていた。

如浄禅師は、「坐禅(参禅)は身心脱落(悟り)である」と説いていた。つまり「坐禅」そのものが「悟り」であると教えていたのである。

一般的に、悟り(身心脱落)とは、修行(坐禅)の結果として得るものとされ、修行を積んで、その到達点として「悟り」があると考えられていた。しかし如浄禅師の「坐禅」はそうではなかったのである。

「坐禅は身心脱落である」というのは常識を越えた言葉であった。そしてこの常識を越えた「坐禅」こそ真の坐禅であり、正伝の仏法であると道元禅師は確信するに至った。

帰国した道元禅師はまず『普勧坐禅儀』を著した。この書は、如浄禅師より教えられた正しい坐禅を説き明かすとともに、具体的な作法を示して、人々に坐禅を行うことを勧めたものである。この中で道元禅師は、
正伝の仏法における坐禅は、悟りを得るための坐禅ではない。ただ、これは安楽の法門である。菩提を究め尽くす修証である。
と説かれている。
16:00 | 坐禅
2012/08/28

道元禅師の仏教

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― 専修「坐禅」と卓越した「言葉」 ―

はじめに

道元禅師の仏教の特徴といえば、やはり「坐禅」である。

そして、もう一つの特徴といえば、『正法眼蔵』を主著とするその膨大な著作における卓越した「言葉」である。

ところで、この二つの大きな特徴は、常識的に考えれば相い反するものである。つまり、「もっぱら坐禅をしているのでよいのであれば、机に向かって文字を弄することもないはずであるのに」ということになるのである。しかし、この、常識的に相い反する二面を併せ持つのが、まさに道元禅師の特徴である。

もし、道元禅師が正伝の仏法における「坐禅」を開顕し、その「坐禅」を自ら生涯を貫いて実践することがなかったならば、つまり「坐禅」という実践行がなかったならば、おそらく今日の曹洞宗教団はあり得なかったであろう。もちろん、教団が今日まで存続し得たのは、ひとり「坐禅」の力ではなく、むしろ葬祭、先祖供養、祈祷といった儀礼を取り入れたことが大きな要因であったことは否めない。しかし、少なくとも初期の道元僧団は坐禅を中心とした修行によってその命脈を保っていたはずなのである。

そしてまた、道元禅師が正伝の仏法を「言葉」によって表現することがなかったならば、その教えは今日まで正しく伝えられることはなかったであろう。そして、宗門内においては信仰の書として、一般においては、極めて優れた哲学書として、多くの人々の人生の道標となることはなかったのである。
16:00 | 道元禅師
2012/08/15

お盆

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ご先祖を迎える

お盆は、正式には盂蘭盆〔うらぼん〕と言い、旧暦の七月十五日を中心に行なわれる仏教に由来する日本古来の伝統的行事です。その実際は、七月(あるいは八月)の十三日から十六日の四日間、亡くなって四十九日法要が終わってから最初のお盆(初盆または新盆)を迎える霊位や先祖代々の霊位を我が家にお迎えして供養する行事です。

うれしいお盆

毎年、私が住職をつとめる寺の伝道掲示板には、お盆の時期に、
盆はうれしや別れた人も
はれてこの世に会いに来る
という歌を書きます。お盆の期間、人々はご先祖と再会するのです。私たちはご先祖を招き、ねんごろに接待します。ご先祖からすれば、毎年一度、なつかしい我が家へ帰り、楽しい数日を過ごすのです。
16:00 | 行事
2012/08/08

道元禅師が説く生死

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生死の問題を明らかにする

人は、この世に生まれ、それぞれの、さまざまな人生を生き、そしてやがて死んでいく。ところで、「生まれる」とはどういうことか、「この世」とは何なのか。いったい何が生まれるのか。それは「命(いのち)」か。そもそも「命」とは何か。そして、「死ぬ」とはどういうことか。

この非常に重要なことが、現代の科学でも完全に説き明かされてはいない。この世(宇宙)は依然として謎につつまれており、生命についても遺伝子の仕組みは解明されても、生命そのものが明らかになったわけではない。

仏教においても、生とはなにか、死とはなにかを明らかにすることが、極めて重要な課題であった。科学的にではなく、自らの問題としての解決である。

道元禅師はいわれる、
生をあきらめ、死をあきらむるは、仏家一大事の因縁なり。
(『正法眼蔵』「諸悪莫作」)

〈生とは何か、死とは何かを明らかにすることが、仏教において最も大切なことである〉
と。そして、この難解な問題について、多くを説き、懇切に教えているのである。

しかし、道元禅師の場合、それがまた、実に難解である。
16:00 | 道元禅師
2012/07/18

現代の生命観と道元禅

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『正法眼蔵』「山水経」に次のような説示があります。
世界に水ありといふのみにあらず、水界に世界あり、水中のかくのごとくあるのみにあらず。雲中にも有情世界あり、風中にも……、火中にも……、地中にも……、法界〔ほっかい〕中にも……、一茎草〔いっきょうそう〕中にも……、有情世界あり。有情世界あるかごときは、そのところかならず仏祖世界あり。かくのごとくの道理よくよく参学すべし。

〈世界に水があるというだけではない。水の世界にも世界がある。水の中がこのようであるだけではない。雲の中にも有情世界がある。風の中にも……、火の中にも……、地中にも……、法界の中にも……、一本の草の中にも……、有情世界がある。有情世界があるところには、かならず仏祖世界ある。このような道理をよくよく参学しなさい。〉
有情とは、命あるものであり、こころを有するものという意味です。つまり、あらゆるものの中に「こころ」をもつものの世界があると道元禅師は言われるのです。

現代科学においても、有機物と無機物の境を説明できなくなりつつあると言われます。われわれ人間とその他の動物との違い、動物と植物との違い、植物と鉱物との違い……、確かに違うのですが、明確な境界線が引けないというのです。そもそも、生命とは何か、生命はどこからやって来たのか、ということを現代科学も解明できていないのですから、現代科学も、道元禅師のこのような説示をけっして否定できないのです。
16:00 | いのち
2012/06/30

無常を観じるということ

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人間、そう簡単に死ぬものではないが、しかしいつ死ぬかわからない。

一寸先のことはわからない人生だから、いつ死んでもいいような生き方をしていないといけない。

道元禅師に『学道用心集』という著作がある。仏道を修行する者が心掛けるべき十ヶ条の心構えを示したものである。

実は今、ある出版社から依頼されてこの『学道用心集』の現代語訳を執筆している最中であり、頭を悩ませているが、その第一番目の用心として、無常を観じること、時間の経過が速やかなことを自覚することの重要性が示されている。

まず、世の中が無常であることを、しっかりと自覚すること、それが仏の道を歩む出発点であるという。

一年は早いものである。ようやく暖かくなってきたと思っていたら、もう桜の季節も終わってしまった。人間、八十回ほど、この一年を繰り返せば、だいたい、あの世行きである。

一ヶ月もあっという間である。月一度開催の常円寺仏教大学の講座も、この間終わったかと思えば、もう間近に迫っている。

一週間も、足早に過ぎ去っていく。昼食を食べながら、今日は、また「のど自慢」か、などと思う。

一日一日も、なんと速いことか。
16:00 | いのち
2012/06/01

第二の人生を生きる

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世界は今、平和・環境問題、教育・人権問題をはじめ、多くの問題を抱えている。そして現代日本社会は、それらに加えて少子化・高齢化問題が深刻になりつつあり、人々はさまざまな将来への不安を持っている。

結婚しない、あるいは結婚できない人が増加し、独身者が増え、あるいは結婚しても子どもができない夫婦、子どもを望まない夫婦、また経済的事情から子どもは一人二人で、といった夫婦が増え、そしてこれらがさらに少子化に拍車をかけている。

その一方で、高齢化の波が押し寄せ、日本人の平均寿命は高くなり、若者が高齢者を支えきれない状況が迫りつつある。核家族化で一人暮らしの老人が急増し、子どもがいても面倒を見てもらえない、あるいは自ら望んで養護施設に入る老人が増えている。

そのような中で、これから団塊の世代が会社を停年退職する時代となった。日本の社会は、行くさき不安だらけで閉塞感が漂っているようだ。

そんな今、まさに「在家仏教」が待ち望まれているのではないかと、私には思われるのである。
16:00 | 人生
2012/05/20

曹洞宗における信

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信じるとはどういうことか?

答え:自己をわすれて、仏祖の教えに従うこと。

道元禅師は、『正法眼蔵』「現成公案」の巻で次のように示している。
仏道を習うということは、自己を習うのである。自己を習うというのは、自己を忘れるのである。自己を忘れるというのは、万法(あらゆる存在)に証〔さと〕らされるのである。
仏の道においては、まず、この自分が問題となる。自分とは何か、私は何者なのか、いったい自我意識とは何か、なぜ自分は、この自分を自分と思い、何よりも自分を大切にするのか……と。この自分自身を明らかにするのが仏の道の大前提であり、仏の道はここから出発する。それでは、「自己を習う」(自分自身を明らかにする)とはどういうことかと言えば、道元禅師は、「自己を忘れる」ことであると言われる。つまり、「自己を習う」と言っても、自己を追究してゆくのではなく、むしろ追究してはならない、忘れろという。

ほんとうに「忘れる」ということでいいのだろうか、と疑問に思う。しかし、そのように疑問に思わすに、その教えに従う、それが「信じる」ということである。

これに関連して思い浮かぶことがある。釈尊が、難行苦行の結果、悟りを開き、悟りを開いて後、難行苦行の無用であることを語ったことである。難行苦行はほんとうに無用であるのか、釈尊がもし最初から難行苦行しなかったら、悟りは開けたのかどうか?

ここに、私たちは、釈尊と同様のことを繰り返す必要があるのか? そうではないように思う。釈尊は、結局、苦行(肉体を徹底的に苦しめる修行)の無意味であることを悟り、人々に苦行は必要ないと語り、苦行にも快楽にも向かわない「中道」を説かれた。私たちは、それを信じて、苦行を行わず、中道を行えばいいと私は思う。そこに「信じる」ということがあるのである。
16:00 | 曹洞宗
2012/05/10

道元禅とは何か

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禅とは何か

道元禅とは何か、その前にそもそも「禅」とは何か、まず、仏教の流れの中での、その位置づけを、簡単に述べてみましょう。

仏教を開かれた釈尊およびその弟子たちの在世中の時代が「原始仏教」の時代ですが、その後、しだいに教団の内部で意見の対立が生じ、保守的な「上座〔じょうざ〕部」と進歩的な「大衆〔だいしゅ〕部」に分裂し、さらに二百年から三百年後には十八から二十の部派に分かれてゆきます。いわゆる「部派仏教」の時代です。この時代の僧侶は、釈尊が教えた遍歴の生活をやめ、王族や豪商などの保護のもとに安定した定住生活を送り、学問や自己の修行(主に冥想)に専念していました。

紀元前一世紀頃、このような仏教のあり方に対する反発・批判がおこり、仏教の革新運動が起こりました。これまでの仏教を「小乗」(小さな乗り物)と批判し、自らを「大乗」(大きな乗り物)と称して、ここに、広く民衆の救済を目指した大乗仏教が誕生します。

大乗仏教の人々は、釈尊の仏教の原点に返り、広く人々を救う立場から『般若経』『法華経』『華厳経』『涅槃経』などの、いわゆる「大乗経典」を作成し、実践的・大衆的な仏教を発展させますが、この大乗仏教も、その後、二、三世紀にわたって思想的に大いに発展を遂げるなかで、再び極めて哲学的・学問的な色彩を帯びて行きました。そして、このころのインドの仏教が中国へと伝来してゆきます。

インドから中国へ仏教が伝来する時、当然のことながら、インドの言葉から中国の言葉へと、その教えが翻訳されます。そこで、中国へ伝来した仏教も、まずは翻訳並びにその註釈といった分野で展開し、自ずと学問的な仏教となり、大いに発展しました。しかし、そのような中で、再び中国において、これらの仏教のあり方に対して反発・批判が巻き起こるのです。ここにおいて勃興したの中国の「禅」でありました。
16:00 | 道元禅師
2012/04/29

仏教が与えてくれるもの

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宗教を信じますか?

学生たちに「何か信仰している宗教はありますか?」と尋ねると、ごく希に「仏教です」とか「キリスト教です」とか「神道です」などと、はっきり答える学生もいますが、多くの学生は「特に信仰する宗教はありません」とか「私は宗教を信じません」とか「無宗教です」と答えます。あるいは、「私は宗教には関係ありません」とか「私には宗教は必要ありません」と、きっぱり言う学生もいます。

人々の幸せや平和を願うはずの宗教が、互いに対立し争って戦争を繰り返したり、人々を悩みから救済してくれるはずの宗教が、人々の苦悩につけ込んで、多額の布施をだまし取って、かえって人々を苦しめたり、あるいは「救済」の名のもとに無差別殺戮を行う宗教まで現れれば、宗教に対して「信じません」「関係ありません」「必要ありません」と言って警戒心を抱くことは無理もないことなのかもしれません。

しかしながら、宗教、ことに仏教とは何かといえば、つまり本来仏教とは何かといえば、それは、もっと根元的な、「信じる・信じない」「関係ある・関係ない」「必要・不必要」といった次元の問題ではなく、現実世界のあり方の洞察、よりよい生き方の探求なのです。

そこで私は大学で学生たちに仏教を教えるにあたって、「仏教を信じますか?」という質問を投げかけ、そして、この質問が、実は質問として成り立たないことを以下のようにお話するのです。
16:00 | 仏教
2012/04/23

優曇華(うどんげ)

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優曇華っていう花、見たことありますか?

おそらくないでしょうね。だって、三千年に一度だけ花開く、仏教における伝説上の花なのですから。

はるか昔、お釈迦さまが、弟子たちの中から自分の後継者を選ぼうと、すべての弟子たちの前で、この花を手につまみ、目をパチパチッとウインクされたのだそうです。そのとき只だ一人、摩訶迦葉という弟子がニッコリと微笑んだ。お釈迦さまは、とても喜んで、「おまえが後継ぎだ」と言われた、そんな話がお経の中に出てきます。

とすると、このときお釈迦さまが手に持っていたのが優曇華の花だから、これが二千五百年前のことだとすると、まだ五百年くらいは、花を咲かせないのでしょうね。
16:00 | 雑感
2012/03/25

二十一世紀の仏教

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高齢化社会を迎え、会社を定年退職して、第二の人生を歩み出そうとする社会人が増えている。また、結婚しない人や子どもをもうけない夫婦あるいは授かれない夫婦も増加し、将来や老後に不安をもつ人々も多くなってきた。

戦後日本は、高度経済成長の中で、自らの利益と便利・快適さを追い求め、結果として環境を悪化させ、現在、深刻な環境問題にも直面している。

高齢化、少子化、環境の悪化。その他、日本の未来は多くの問題を抱えている。

ところで最近、出家を志す若者が増えている。彼らの多くは、現実社会を厭い、そこからの解放と自由を求めて出家する。彼らはそれぞれ、生きるとは何か。人生とは何か。真の幸せとは何か等、本質的な疑問を持ち、それらを真剣に考えている。

また、停年退職を間近にして、第二の人生を出家者として生きることを希望する壮・老年層の人々が出てきている。彼らは、小さな庵にでも入って、経を読んだり、写経をしたり、念仏をしたり、坐禅をしたりして、「修行」という自分探しの第二の人生を歩みたいとこころざす。しかし、現実的に、そのような出家は理想にすぎない。

しかし、これらの人々に仏教はどう応えてゆくのか。それが、二十一世紀の仏教のひとつの課題であると私は考えている。彼らを受け入れる受け皿が必要な時期に来ていると思われる。
16:00 | 雑感
2012/03/21

お布施のこころ

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お彼岸の修行


お彼岸は、昼と夜の長さが同じになる春分・秋分の日を中日に、前後三日を合わせた一週間を、修行に最適な時期として設けられたものです。その前後三日に割り当てられているのが、布施〔ふせ〕(清らかな心で施すこと)・持戒〔じかい〕(仏の戒をまもること)・忍辱〔にんにく〕(寛容な心を持って堪え忍ぶこと)・精進〔しようじん〕(正しく努力すること)・禅定〔ぜんじよう〕(身をととのえ心を落ち着かせること)・智慧〔ちえ〕(正しく物事を見て対処すること)の六波羅蜜〔ろつぱらみつ〕の修行です。これらの修行の大切さをあらためて自覚し、これらを実践して理想的な社会にしようとするのが、お彼岸の意義であるといえます。
16:00 | 行事
2012/03/08

『正法眼蔵』「現成公案」

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……この現実の世界をどのように見、どのように生きてゆくか。

『正法眼蔵』の第一巻

「現成公案」巻は、七十五巻本『正法眼蔵』の第一巻に収録され、『正法眼蔵』の中でも古来、重要な卷と見られている。

「現成公案」の現成とは、現前に成就していることであり、ありのままに現れていることをいい、公案とは、その原意は「政府の法令」を指し、動かすことのできない法則、絶対的な真実をいう。よって、「現成公案」とは、ありのままに現れている真実のすがたのことと解釈しうる。

ところで、「古則公案」という語がある。古則とはすぐれた古の禅僧たちが語った、あるいは問答を交わした語句や、また行動のことであり、これを参究することを公案という。

道元禅師が、『正法眼蔵』「現成公案」卷において我々に示しているのは、第一に、ありのままに現れている現実の受け止め方についての洞察であり、第二に、その受け止め方こそ「現成公案」であり、いわゆる「古則公案」ではないことを明らかにし、現実を生きること、すなわち実践の重要性を示されたものと思われる。

道元禅師の『正法眼蔵』は、さまざまな仏教や禅の言葉を取り上げて、これをテーマにして、その真意を明かそうとされたものであるといえる。そこには、種々の古則が引用され、解説されており、まさに古則公案集であるかの印象を受ける。

道元禅師が、この「現成公案」巻を七十五巻本『正法眼蔵』の第一に置かれたことは、意義有ることに違いない。それは、「現成公案」を第一として、これに続いて編集された巻々が、古則公案集ではなく現成公案集であることを開顕したものであると考えられるからである。

道元禅師の公案解釈には、尋常の解釈ではなく、きわめて異質で特異な解釈と思われるものがある。しかし、注意深くこれに参ずれば、その多くが実践的な立場から、現実的写実的な視座から把捉されているように感ぜられる。その解説は、単なる知的な解説ではなく、古則の中に示された活き活きとした、あるいは真剣な、あるいは洒脱な、師と弟子の禅機を、ありのままに、現前のことのように、示そうとされたものなのである。

「現成公案」という言葉には、そのような道元禅師の思いが込められ、この巻の選述意図は、『正法眼蔵』が「古則公案」ではなく「現成公案」示した法語集であること表明したものといえよう。
16:00 | 道元禅師
2012/02/15

禅宗における釈尊

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歴史上の釈尊

禅宗という宗派は日本には具体的に存在しないが、中国禅の流れを汲む日本の臨済宗〔りんざいしゅう〕・曹洞宗〔そうとうしゅう〕・黄檗宗〔おうばくしゅう〕の総称として、禅宗と用いられている。

これら禅宗における釈尊は、今から二千五百年前、釈迦族の王子としてインドに生まれ、二十九歳で出家し、六年間の禅定・苦行の修行ののちに悟りを開かれて成道され、その後四十数年の間、ガンジス川の流域を中心に伝道の旅をされ、八十歳にて入滅された、歴史上の釈尊である。

禅宗宗派における本尊は、この歴史上の釈尊であるところの釈迦牟尼仏であり、基本的に釈迦牟尼仏を大恩教主〔だいおんきょうしゅ〕と仰いで崇敬している。

とはいえ実際、禅宗各寺院にはそれぞれの本尊があり、お釈迦様のみでなく観音様や薬師様などさまざまの本尊を祀っている。これは、禅宗の僧侶が、他宗派の寺院として既にあったお寺に住職として入り、そのままそのお寺の仏像を本尊としたためであり、ここにまた、本尊といえどもこれにもとらわれない禅僧の気風がうかがえる。

その、とらわれのない気風の由来は、釈尊を尊崇しながらも、その釈尊は決して偶像、仏像としての釈尊ではなく、歴史上の釈尊であり、以下述べるように、その教えが綿々と伝承され当代の禅僧自身に至るのであり、ゆえに自らが釈尊の法の伝承者として釈尊に成り代わって説法するという、自らを拠り所とするあり方を目指すからである。

そのようなあり方は、黄檗の礼拜にも知られる。黄檗希運〔おうばくきうん〕は、よく礼拜をこととした。額には礼拜こぶがあったという。あるとき、礼拝している黄檗に僧がたずねた、禅僧がなぜそのように礼拜するのかと。黄檗は「ただ、このように礼拜するのだ」と答え、礼拝するのみであった。

黄檗は、他に仏を求めて、それを対象にして礼拝していたのではない。礼拜という自らの行に、仏としての自己を体現せしめたのである。礼拝している黄檗自身が仏であったのである。
16:00 | 釈尊
2012/02/01

坐禅健康法

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坐禅というと、辛く苦しい修行というイメージを持たれる方が多いと思うが、実はこの坐禅、とても健康によい。

「坐禅においては、何も求めずただ坐ることが大切だ」と道元禅師はおっしゃるので、曹洞宗では、あまり声を大にして「健康にいいですよ」とか「健康のために坐禅をしましょう」などと言えないが、しかしながら、なぜか健康によいのである。

ところで、病気の原因は何かというと、それはストレスであるという。ストレスによって何か特定の病気になるというのではない。ストレスによって、免疫力が低下し、病気に対する抵抗力がなくなり、いろいろな病気にかかりやすくなるというのだ。

それでは、どうしたらストレスを感じないようにできるかということになると、ストレスの原因となるものを除かなくてはならないわけであるが、今の世の中、ストレスが付きもの。なくすことは難しい。

そこで、それはさておいて、他に何か「楽しいことをしなさい」と、お医者さんが真面目に言う。趣味とか娯楽、スポーツとか、温泉旅行とか……。いっぱい楽しいことをして、ゆったりとしたり、汗をかいたり、あるいは、わくわくしたり、笑ったりするととてもよいのですよ、と。

しかし、世の中、楽しいことはたくさんあるが、娯楽やスポーツなど、楽しい反面、勝ったの負けたのと、かえってストレスを感じることもある。温泉旅行もいいが、暇もないしお金もかかる。
16:00 | 坐禅
2012/01/18

お葬式の意義

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お釈迦様のお葬式

実は仏教では元来、死者に対する送葬儀礼に対して、あまり積極的ではありませんでした。それは、仏教が死後のことより、今を「生きる」ことを大切にしたからであると考えられます。

お釈迦さまは、死を間近にして弟子たちに、これからは「自分自身を頼りに生きて行くこと」と「教えに従って生きて行くこと」を遺言とされました。自らの死後の儀式や供養については何も語りませんでした。おそらくお釈迦様には、そのようなことに心を煩わすことは無用であり、自らの修行に専念してほしいという思いがあったのであろうと私には思われます。

しかし、お釈迦様の死後、お釈迦様の思いに反し、在家信者を中心に懇ろな送葬儀礼が営まれました。お釈迦様に対する強い恋慕の思いが、そうさせたのです。そして、その遺骨は各地に建立された仏塔に納められ、末永く供養が営まれることになりました。
16:00 | 行事
2012/01/15

大いなる願い

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菩薩の誓願

衆生無辺誓願度
煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成
これは「四弘誓願文」という偈文です。これは菩薩の誓願です。

私は、仏前にてお参りするときに、小さな声でこの偈文を唱えます。
「衆生は無辺なれど誓願して度せん」
衆生は無限です。この無限なる衆生を全部、済度してからでなければ、自分は向こうへ渡らない、というのが菩薩の誓願です。
「煩悩は無尽なれど誓願して断ぜん」
煩悩というのは尽きることがないのです。断じ尽くすことがない煩悩を、誓って断じようというのです。
「法門は無量なれど誓願して学せん」
法門というのは、仏の教えです。「大蔵経」とか「一切経」と言われる膨大なお経が残されています。学び尽くすことは不可能です。そればかりではありません。仏の教えは宇宙に満ち満ちているのですから、それらを学び知り尽くすことは不可能です。そうなのだけれども、全部勉強してからでなければ、自分は仏にはならないと菩薩は言うのです。
「仏道は無上なれど誓願して成ぜん」
仏の道というのには頂上がないのです。登っても登っても頂上がないのです。頂上がないのだけれども菩薩は、登ってみせると言っているのです。

そうしますと、この「四弘誓願文」というのは、四つとも全部「出来ないこと」なのです。出来ないことを、菩薩はやってみせると言っているのです。これが菩薩の誓願です。ですから、この誓願は生涯つづくのです。
16:00 | 雑感
2012/01/01

新年のご挨拶

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平穏な一年でありますように

お正月の三箇日には多くの仏教寺院で「修正会〔しゅしょうえ〕」が行われます。寺に檀信徒が集まって行なう一年の最初の法要で、新年を祝い、世界の平和と仏法の興隆、檀信徒各家の平安を祈ります。ご本尊様の御前にお札を祀り、華燭や供物をそなえ、三箇日の間ねんごろにご祈祷を行います。そして、このご祈祷したお札を持って、住職が新年の挨拶を兼ねて、檀信徒各家を訪ねます。新しい年を迎え、この一年が平穏な一年でありますように、お互いに挨拶を交わします。(但し、地域や寺院によって修正会の形態は異なります)
16:00 | 雑感
2011/12/25

生涯学習のすすめ

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……生涯学生、臨終卒業……

「死ぬまで勉強だね」

松原泰道老師の言葉に、「生涯修行、臨終停年」という語がある。松原老師にとって最も大事な人生の〝杖ことば〟であるという。老師は明治四十年(一九〇七)生まれであられるから、御年九十五歳、それをまさに実践しておられる老師である。

一生が「修行」であって、臨終の時が「停年」であるという。「定年」ではない。臨終の時は永遠の生命の〝一時停止〟の年であり、さらに生の縁に恵まれれば新たな人生において修行を続けたいから「停年」であるというのである。

いま私も、松原老師の御著書の中の素晴らしい言葉やお話を紹介しながら、読者の皆さんに生涯修行の一つの在り方でもある生涯学習をすすめたい。

古川大航〔ふるかわだいこう〕老師(前・妙心寺管長)は、九十八歳の長寿を保たれた禅の高僧である。いつも口ぐせのように松原老師に、
「上手に年を取りたいなあ」
とおっしゃっていたという。そして、
「それには勉強だね、死ぬまで勉強だね」
とも言われていたという。

このような思い出をふりかえって松原老師は、
どうやら管長さまは、ご自分に語りかけておられたようです。死ぬまで勉強だ……の一言を、このごろしみじみ味わいます。勉強といっても英語を学んだり、むつかしい本を読むことではありません。どのように身体を動かし、言葉を使い、考え方をしたらいいかを学ぶのです。自分を勉強すると言い換えてもいいでしょう。現代の老人の私たちは、「敬老」に甘えてばかりいてはいけない、ということです。自分を考え、自分の老いを学ぶ〝学老〟になりたいと思うのです。〝学老〟とは、読んで字のとおり〝老いを学ぶ〟ことであり〝学ぶ老人〟でもあります。いつも学び考える人は、若々しさを失いません。
(松原泰道全集5『法華経の心』)
と。

そうおっしゃる松原老師は、まさにこのことを実証しておられる。昨年夏、私の師寮寺(長野県伊那市常円寺)の夏季文化講座に御講演に来てくださり、さわやかな語り口で、時にユーモアもまじえながら、満堂の聴衆を魅了された。なるほど、若々しさを失っていない。老師自身、学び考え続けておられるからであろうか。
16:00 | 人生
2011/12/08

釈尊の六年間の苦行の意義

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かつて学生時代、駒澤大学の仏教研修館「竹友寮」にいた時のこと、十二月八日の成道会法要の後の挨拶で、時の駒澤大学の学長であられた故岡本素光先生が、次のように語られたことを今でも覚えている。
「釈尊は、六年間の苦行の後、お悟りを開かれたが、お悟りを開かれた釈尊は、『苦行は無用である』と教えられた。もし、釈尊が六年間の苦行をなされなかったら、はたして釈尊はお悟りを開かれていたであろうか? 君たち、そこのところをよくよく考えて、自分のものとしなさい。」
この程度の非常に短い話であったと記憶しているが、この岡本先生の問いかけが、まだ仏教のことについてあまり知識がなかった私の心を大いに動かしたことは確かである。先生は、私たちに問いかけただけで、何も自らの考えを示すことなく立ち去られた。

おそらく先生には、自らの答えがあったのであろう。しかし、それを何も語られなかったところに、かえって先生の偉大さと親切心を、今にして感じる。答えは自分で探さなければならないのである。

その後、「苦行」とは何か、「苦行」をどのように受けとらえたらいいのか、ということが私の一疑団となっていた。
16:00 | 釈尊