作仏から行仏へ

もうしばらく難しい話をさせていただくが、道元禅師の坐禅は「作仏」から「行仏」へと転換したところに大きな特徴がある。道元禅師は言われる、

仏道を学ぶ（行ずる）うえにおいて、参じ究めるべきことは坐禅をつとめることである。その坐禅の基本的あり方は、「作仏」（仏になること）を求めない「行仏」（仏を行うこと）である。

（『正法眼蔵』「坐禅箴」）

と。坐禅は仏となることを目的とした行ではなく、まさに「仏の行」であると道元禅師は言われる。

この道元禅師の坐禅の特徴を説明するのに、しばしば引用される話に、『景徳伝灯録』巻五の南嶽懐譲禅師章にある、南嶽懐譲（師）と馬祖道一（弟子）の「磨磚作鏡の話」がある。この話の解釈に、道元禅師の坐禅観が実に特徴的に表れている。その話はこうである。

馬祖はよく坐禅をしていた。南嶽は馬祖がすぐれた人材であることを認め、あるとき坐禅をしている馬祖に尋ねた。
南嶽「おまえは坐禅をして何をしようとするのか？」。
馬祖「仏になろうと思います」。
すると南嶽は磚〔かわら〕を取り、それを磨きはじめた。
馬祖「何をしておられるのですか？」。
南嶽「磚を磨いて鏡を作ろうと思っている」。
馬祖「磚を磨いて、どうして鏡になりましょうか」。
南嶽「坐禅してどうして仏になれようか」。

さらに問答は続くが、この話は、馬祖の坐禅に対する執着を戒めたものとして通常は解釈される。つまり、磚を磨いても鏡にならないように、いくら坐禅をしても、坐禅の修行のみによっては仏になることができないというのである。

中国禅の基本的立場は、開悟は坐禅修行によってのみなされるのではなく、生活全般の中に見出だされなければならないということである。この立場を日本の臨済宗は継承していると言える。

しかし、道元禅師は、『正法眼蔵随聞記〔しょうぼうげんぞうずいもんき〕』でこの話を取り上げ、まったく別の解釈をされている。

南嶽が磚を磨いて鏡にしようとしたのは、馬祖が仏となることを求めたのを戒めたのである。坐禅を制したのではない。坐禅は仏の行である。

（『正法眼蔵随聞記』巻三）

つまり、坐禅のみを開悟の修行とすることを戒めたのではなく、仏となることを目的とした坐禅を戒めたと解釈するのである。いかなる目的ももたずに「ただ坐る」、それが道元禅師が普く勧める坐禅の仕方であり、われわれ曹洞宗の坐禅である。坐禅はまさに仏行（仏の行）であるのである。

さて、以下は、道元禅師の坐禅の難しい説明ではなく、私が道元禅師の教えをもとに自分なりにとらえた坐禅について自由に述べてみようと思う。

求めず坐る

道元禅師の教えにしたがい、その生涯を坐禅で貫かれた沢木興道老師は、ひとに「坐禅は何になる」と問われると「何もならぬ」と答えたという。

「何もならぬ」とは、人間の為にはならない、ということであり、人間の欲望の為にすることではないということである。坐禅に損得勘定を持ち込んではいけないということである。

悟りたい。悟って人から尊敬される人間になりたい。……すばらしい志のようではあるが、そんな思惑をもって坐禅をするのは、所詮、世法（人間の世界）の坐禅である。仏法（仏の世界）の坐禅ではない。

沢木老師は言う、

何にもならぬことをせいというのは人間界では全く意義のないことである。一週間坐禅して、何か得るものがあると、つまり公案の一つや二つ通るとか、見性するとか、……そうすれば張り合いがあるものである。そのような張り合いのよいのが好きなのが人間の世界である。それは仏法の世界ではない。
人間が仏法を取り扱うものだから、仏法までも人間界へ引きずり下ろしてしまう。そこに病が生ずるのである。
坐禅は安楽の法門というけれども、こんな足の痛いことをして、どこが安楽じゃという者がおる。坐禅をするのは、仏の修行された道だからするのである。仏道修行というのは、仏のまねをすることである。自分のかなう程度まねをすることである。そのまねを人間のために役立てようと思うのが禅病のおこるもとである。

と。

坐禅をやって何になる？　何かのためにならなければやらないというような者は、坐禅をあえてしなくてもよいのである。

確かに坐禅には効用がある。すばらしい功徳がある。だからこそ二千五百年以上も昔から今日に至るまで坐禅が行われてきたのであろう。その医学的効用は参考までに後に述べるが、しかし、そのような功徳を求めて仏祖は坐禅をしたのではない。その効用を知っても、それを目的としてはいけない。なぜなら「求めず坐る」、そこにこそ真の功徳が現れるのであるから。

さて、坐禅においては、いかなる人間的欲求も、まず断ち切っていただきたい。健康になりたい。病気を直したい。度胸をつけたい。何か特別の心境になりたい。他人より偉くなりたい。特別な能力を身につけて他人の関心をよびたい、等々。人間的な欲求や希望は仏道を異質なものにしてしまう。

オウム真理教の幹部たちは、麻原教祖に認められようとして、競って修行に励んだという。修行の目的が、教祖に認められようとの打算に変わり、教団内部においてより高い地位に付きたいという名誉欲に走ったとき、彼らは自らの行いの正しい判断を失い、ただ大きな権力に従って殺人集団と化していった。

正しい仏教における修行は、他に認められる為にするのではない。それでは形式は仏法であっても内容は世法以下となろう。

ところで、仏法は他に認められる為に行ずるのではないが、とはいえ、自分の為にするのかというと、そうでもない。仏法は自他を越えるのである。道元禅師は言われる、「ただ、仏法の為に仏法を修するのだ」と。

「ただ、仏法の為に仏法を修する」。この言葉の意味を、よくかみしめていただきたい。真に理解できる読者は、道元禅師を少しく理解できたと言える。が、これを実行することは、また実に難しい。

えせ坐禅

「精神統一」。坐禅を、精神の統一・集中か、あるいは瞑想か何かと思っている人がいる。何か一つのことに精神を統一・集中させるのが目的だというのなら、パチンコでも麻雀でもファミコンでも、何でも好きなことをやることの方が、よほど精神を集中できる。

それではあまり健康的ではないから、もっと体によい精神統一をはかりたいというのであれば、何か好きなスポーツでもやる方がよい。

でもやっぱり「坐禅」がいいのです、と言う。それは、坐禅が精神統一ではないからである。

「無念無想」。どうも私は無念無想というわけにはいかなくて、いろいろな思いが浮かんでまいりまして……、と言う人がいる。坐禅をしているときは無念無想の状態でなければならないと勘違いしている人がいるが、坐禅は無念無想になることを目的とする修行ではない。無念無想とは、生命活動を放棄することである。頭に想いが浮かぶということは、われわれの正常な生命活動である。腹が減ったり、眠くなったりするのと同じである。決して嫌うべきことではない。自然であっていい。ただし「よし、今日は坐禅してこのことを考えてやろう」というのはいけない。

「今日は、一時間の坐禅があっという間だった。充実した坐禅だった」と言う人がいる。時間を短く感じれば、よい坐禅というのではない。われわれの日常生活は、一日などほんの一瞬、一年もあっという間に経ってしまう。あっという間にすぎてしまう時間が充実して過ごせた時間かというとそうでもない。時間の長短に対する感覚を良い坐禅の基準とするのは世間的な思考である。坐禅は正身端坐（正しい姿勢）をその基準とする。

坐相（坐っている姿）の美しさを競い合うものがいる。坐禅には正身端坐が求められると言っても、坐相は各人の体型にもよるのであり、ひとそれぞれの正身端坐がある。『普勧坐禅儀』の威儀作法にしたがえば、それが正身端坐である。

坐禅に肩書きはいらない

あなたには、自分自身の落ち着きどころがあるだろうか。確かな自分があるだろうか。肩書きによらない輝きがあるだろうか。

偏差値教育の受験戦争に勝ち残って、一流大学に入り、希望の一流企業に就職し、順調に昇進し、指導的立場で活躍し……そして退職。地位や肩書きを失い、ひとりのただの人となったその時、「いったい自分の人生は何だったのだろうか」と寂しく空しい気持ちになる人がいるという。坐禅は、そんな肩書きや地位の空しさを教えてくれる。

坐禅をするとき、そこには地位も名誉も肩書きもない。何も必要ない。いや、何も役に立たない。どれだけ金があろうが、どれだけ学問があろうが、関係ない。ただ、坐禅をしている自分があるだけである。

私は大学において坐禅を教えているが、立場上、指導する私と、教えをうける学生がいる。しかし、坐禅を行ずることにおいては全く同等であり、正身端坐しているかどうかという以外に、何の優劣もありえない。立場や地位や名誉や財産等は俗世間でのこと、坐禅はただ坐禅である。そこに確実な自己の坐りがある。

坐禅の効用

さて、思惑をもって坐禅をしたり、効用を期待しての坐禅は、正しい坐禅ではないと述べたが、坐禅にはすばらしい効用があることは確かである。

私はこれまで、坐禅のすばらしい効用を実感しながら、それが何故なのかを知り得なかった。いや、知る必要もないと思っていた。しかし、最近ある本に出会って坐禅の功徳に、医学的・科学的な根拠があることを確信した。

その本とは、春山茂雄氏の『脳内革命』である。田園都市厚生病院の院長である春山氏は、病気の治療や予防に瞑想を取り入れている。瞑想が健康に、病気の治癒に、大きな力を発揮することが、医学的にわかってきたからである。瞑想時に分泌される春山氏の言う脳内モルヒネ（β–エンドルフィン）が、人間を肉体的にも精神的にも限りなく向上させることがわかってきたのである。

この脳内モルヒネは、肉体を若返らせ、ガンをも治癒する力を持ち、人間関係を平和に保ち、やる気や忍耐力や創造力等を発揮させるという。

そして、私にとってさらに感心させられるのは、この物質が思惑をもって人為的に操作されうるべきものではないと春山氏が述べていることである。「ただ坐る」、そこにこそ功徳があるということである。

さあ、坐禅をはじめよう

坐禅をするには、その環境をしっかりと整える必要がある。静かなところがいい。あまり暑かったり寒かったりしてもいけない。ゆったりした服装がいい。からだもきれいさっぱりとしていることが望ましい。

自宅で坐禅をするときは、座布団を二つに折って尻の下に敷き、足を組む。初心者は半跏趺坐がいいだろう。まず右の足を左の腿の下に置き左の足を右の腿の上に載せる。手を膝の上に手のひらを上にして置き、ふーっと大きく二三度息を吐いて息を調える。体を左右に揺すり正中で止めるようにして身体を整える。次に手を組む。両手の指の部分を重ね（右が下）、両手の親指の先をつける。背骨を伸ばして顎を引く。そうすると視線は自然と一メートルほど前方に落ちる。口の中に空間を作らないようにし、上下の唇と歯をしっかりとつける。呼吸は鼻からする。深い呼吸をしようとする必要はない。自然に任せる。

さあ、姿勢がととのったら、どかーっと坐ってください。
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